2012年3月5日月曜日

ミラクルマン 翻訳

ミラクルマン 翻訳

ミラクルマン 翻訳

ミラクルマン 翻訳

#1

 

(P1)

〜第1章〜

(昔風のコミック。3人のヒーローが宇宙を飛んでいる)

[1956年 それは無垢が続いた時代。黄金の夢の時代。それは…ミラクルマン・ファミリーの時代]

[未来。それは一体どんなものなのだろう? 宇宙最強の男たちは、未来からの襲撃を食い止めることができるのだろうか?]

[1981年、今から25年後の未来、科学ゲシュタポのガレル司令官が、アトミック兵士を使って悪事を企んでいる…]

ガレル「ハッ! 現代の世界を支配する我らの計画は、地球連合政府によって阻止された。ならば、時空ロケットに乗って、過去の世界を支配しに行くのだ!」

 

(P2)

(ガレルはロケットに乗って飛び立つ)

ガレル「タイマーを1956年にセットしろ! 未来の技術があれば、原始人どもを倒せるぞ! なにしろ彼らはまだエクソン光線を発見していないのだからな!」

ガレル「ハッハッハ!」

ガレル「古き良き黄金時代よ、思い知るがいい! 未来の恐怖が今行くぞ!」

(場面変わって)

[1956年、ジョニー・ベイツ少年が散歩していると…]

ジョニー(ふむ。だいぶ遅れちゃったな。暗くなる前に急いで孤児院に戻らないと)

[突然…]

(近くにロケットが不時着する)

ジョニー(おどろき桃の木! あれは一体何だ?)

ジョニー(きっと善良な市民が困っているぞ…)

ジョニー(…ということは、僕の出番だ!)

[ガレルとその軍隊が着陸したのだ]

(ロケットの周囲に村人が集まってくる)

村人「うわあ! これを見ろよ!」

[ドアが開き…]

(光線銃を構えたガレル登場)

ガレル「劣等人どもめ、ひざまずけ! 新しい主人の前にひざまずくのだ! さもないと、恐ろしい目にあうぞ!」

 

(P3)

[しかし、村人たちは不安を感じるどころか、おもしろがっていた…]

村人「ははっ! 宇宙ロケットだとよ。ダン・デアの漫画そっくりだ。きっと作り物だな」

(注:ダン・デアというのは、50年代にイギリスで発売されていた実在のSFコミック)

ガレル「ほう、我らの時空ロケットが偽物だというのか? なら、このエクソン光線の効果を見ても、まだ笑っていられるかな?」

(ガレルは光線銃を発射する。農家が黒焦げになる)

村人「ひゃあっ! あれは一体どういう武器なんだ?」

ガレル「わかったな? お前たちの家を破壊したように、今度はお前たちを破滅させてやるぞ!」

ガレル「原始人どもめ、科学ゲシュタポの前にひざまずけ!」

ジョニー「おどろき桃の木! どうやら間に合ったようだぞ。ミラクルマン!」

[ジョニー・ベイツがヒーローの名前を口にすると、原子の力により、彼はキッド・ミラクルマンへと変身した!]

(黄色いコスチュームに身を包んだキッド・ミラクルマンは、ガレルたちに立ち向かっていく)

キッド・ミラクルマン(以下キッド)「そんなおもちゃで遊んでると、危ないぞ。もっとも怪我するのは、ぼくじゃないけどね!」

ガレル「生意気な小僧め! 見せしめにしてくれるわ! 何っ! 光線が効かないだと?」

キッド「こっちのほうが効くんじゃないか」

(キッドはガレルを蹴り上げる)

 

(P4)

[しかし、さらにタイムマシーンが着陸し、未来から来た兵士を吐き出しはじめると、キッドの手には負えなくなってきた]

ガレル「アトミック兵士たちよ、こいつを倒せ! 相手はたった一人だ!」

キッド(まずいぞ。1秒ごとに兵士が増えていく。いくらぼくでも、誰かの助けがなければ、手に負えないかもしれない)

キッド(原子の速度で探せば、その誰かを見つけられるぞ)

(キッドは超スピードで移動を開始する)

[すぐにキッドは、大西洋横断伝言サービス局に勤めるディッキー・ダウントレスの居場所を見つけ出した]

キッド「ディッキー! 事件だ! もう一人の君が必要なんだ!」

ディッキー「ジョニー? でも…いや、まあ、君がそう言うなら…」

ディッキー「…けど、仕事中に呼び出さないでくれって前にも言ったじゃないか」

[ディッキーはヒーローの名前を叫ぶことで、偉大なる宇宙物理学者グンターク・ボーゲルムから与えられた原子の力を手に入れるのだ]

ディッキー「ミラクルマン!」

[ディッキーは宇宙最強の少年…ヤング・ミラクルマンへと変身した!]

(ディッキーはオレンジ色のコスチュームを着たヤング・ミラクルマンへと変身する)

[二人は空へと飛び立ち、キッドはこれまでの状況を手短に説明した]

ヤング・ミラクルマン(以下ヤング)「敵は五千人? 一体どこから来たんだ?」

キッド「わからないんだ。力ずくで聞き出すしかないよ」

(戦場に到着する二人)

ヤング「そうだな。この二人の美人に教えてもらうとするか…」

キッド「おっと! こっちはダメだ。思わずアゴを砕いちゃったよ!」

 

(P5)

[しかし、侵略者たちは地面に倒れても、すぐに起きあがってきた]

ヤング「どういうことだ? 何時間も気絶してるはずなのに。僕はパンチを手加減しなかったぞ!」

キッド「ぼくもだよ! 誰か一人捕まえて、どういうことか訊いてみようよ」

(二人は近くにいた兵士を捕まえる)

ヤング「いい考えだ! 手始めにこの男にしよう。おとなしくしろ!」

キッド「どうしてお前たちはぼくらのパンチを受けても平気なんだ?」

[兵士は怯えながら説明した…]

兵士「我々は1981年…数十年後の未来から来たのだ! こちらには世界中の都市を灰に変えてしまう武器があるぞ!」

[この瞬間にも、我らの指導者のアトミック兵士が、世界各国に到着しているのだ!]

[パリ]

兵士「パリは科学ゲシュタポの手に落ちた! ワシントンに向けて進撃だ!」

[サイゴン]

兵士「ハッ! この未来の武器で、奴らの家と畑を焼き尽くしてやる! 我々の勝利だ!」

(場面変わって)

[デイリー・ビューグルのオフィスでは、コピー係のミッキー・モーランが、恐ろしい最新ニュースを読んでいた…]

マイク(大至急ミラクルマンが必要みたいだな!)

マイク「真化!」

[ミッキーは宇宙調和の秘密のキーワードを口にすると…]

[…超人ミラクルマンへと変身した!]

ミラクルマン(最初に着陸が報告されたコーンウォールから調べてみよう…)

(水色のコスチュームに身を包んだミラクルマンは、大空へと飛び立つ)

 

(P6)

[そこではヤング・ミラクルマンとキッド・ミラクルマンが、軍隊と協力して敵と戦っていた]

ヤング「ふん! まだ来るつもりか?」

キッド「こらこら、ヘルメットをかぶりなさい!」

[ミラクルマンが到着すると、未来からの侵略者は追いつめられ、遂に制圧させられた]

ヤング「これが最後の二人だ。いやあ、ミラクルマン、君はさすがだね!」

ミラクルマン「このバカたちは軍が見張っているだろう。我々は他の都市を解放しなくては! ヤング、君はローマを頼む! キッド、君はワシントンだ!」

ミラクルマン「モスクワは私に任せろ!」

[しかし、ミラクルメンが立ち去ってしまうと…]

(囚われていたガレルは、指輪からガスを噴出させて、自由の身になる)

ガレル「ハッハッハッ! 見張りどもめ、我らの秘密リングから出る磁力ガスに襲われるなど、夢にも思っていまい!」

ガレル「よし! 全員気絶したぞ! さあ、科学ゲシュタポの名において奴らのキャンプを襲撃するのだ!」

ガレル「あの三人がいなければ、楽勝だ…」

 

(P7)

(しばらくの後。ミラクルマンたちが帰ってくる)

[他の戦地で侵略者を制圧したミラクルマン・ファミリーは、さきほどの場所で再び戦闘がおきているのを見た]

ミラクルマン「おどろき桃の木! ガレルが脱走したか、あるいは、仲間の軍隊が到着したに違いない」

ヤング「軍隊では、侵略者の兵器に対抗できない!」

ミラクルマン「別れて攻撃しよう! ヤングは左側から攻撃、キッドは右側から攻撃…」

ヤング「そして、君が真ん中! ミッキー、すばらしいアイデアだよ」

ミラクルマン「二人とも、がんばれよ! 今度はそう簡単には忘れられないような痛手を与えてやるんだ!」

キッド「奴らを叩きのめして、未来に送り返してやる!」

[だが、ガレルはミラクルマンが接近してくるのを見ると…]

ガレル「ハッ! あいつの裏をかいてやる! 時空ロケットを自爆させろ!」

[すぐさま、全てのロケットが破壊された]

ミラクルマン「自分たちのロケットを破壊するとは、どういうつもりだ? もう1981年には帰れないぞ!」

ガレル「その通りだ! 我々はこの時代に取り残された。しかも、我々は無敵だ! 俺の部下はどんどんやって来る。そのロケットも破壊するまでだ!」

(ヤングとキッドも、そこにやって来る)

[その時、仲間が戦線の左右から、悪い知らせを持ってやって来た]

ヤング「これじゃあ、埒があかない。倒しても倒しても、起きあがってくるんだ」


漂白剤のガロンは、プールに何をしている

キッド「彼らを倒すにはどうすればいいんだろう?」

 

(P8)

ミラクルマン「ふむ。一つ考えがある。よく聞いてくれ…」

ミラクルマン「キッド、君はここにいて、できる限りのことをしてくれ。その間に、私とヤングは未来に…彼らが出発する時点に行ってくる」

キッド「わかったよ、MM。なんでも言う通りにするよ!」

ヤング「できるだけ早く戻ってくるからな、キッド!」

キッド「がんばってね! こっちのほうもがんばるよ!」

(ミラクルマンとヤングは、超スピードで大空に飛び立っていく)

[キッドは再び戦場に飛び込んでいった]

キッド「食らえ、ガレルめ! 無敵かもしれないけど、この痛さは感じるはずだ!」

キッド「これはどうだ? ぼくのダブル・クロス・パンチだ!」

[一方、他の二人は原子の速度で未来に向かって急いでいた]

ヤング「なあ、ミッキー、ここが目的の年かな?」

(超光速で飛行する二人は、時空間の壁を超えて未来世界に到着する)

ミラクルマン「そうだ。ここは1981年だ。あの醜いビルを見ろ! それに、すぐ下にガレルのタイムマシーンが見える。彼らが1956年に出発する直前に到着したぞ!」

ヤング「そうだ! 行こう!」

 

(P9)

[すぐに二人はガレルのロケット発射地点へとやって来た]

ミラクルマン「間に合った! 今から出発しようとしているところだ!」

ガレル「…の攻撃の前に、恐れをなすだろう。さあ、行くぞ!」

ミラクルマン「よし、ヤング、彼らのロケットを一つ残らず破壊するんだ!」

(ロケットを破壊する二人)

ヤング「いやはや、ここがまるでクズ鉄置き場みたいになってきたぜ」

ミラクルマン「これが最後の一機だ。もう修理は不可能だぞ」

ミラクルマン「未来からの侵略を、始まる前に食い止めたぞ!」

[ガレルは怒り狂った!]

ガレル「な…奴らは一体何者だ? 我々の時空ロケットを破壊してしまった! 奴らをぶち殺してくれるわ!」

[しかし…]

ミラクルマン「これでも食らえ、下劣な権力狂め! お前のような奴には、これがお似合いだ!」

(ミラクルマンは一撃でガレルを倒す)

 

(P10)

ミラクルマン「いやはや。これが"支配者になりそこねた男"ガレルか」

[やがて、司法当局が到着し、反乱分子を逮捕した]

警察「私は世界政府第12地区の司令官です。どうもありがとう、友よ!」

ミラクルマン「いや、こちらこそ。ガレルのことをよろしく頼みますよ」

警察「もちろんです! 科学ゲシュタポは、この1981年の世界をずっと脅かし続けてきましたからね。でも、あなたのおかげで、ここも本来のようなユートピアになることでしょう」

ミラクルマン「いいことだ。私もその時まで生きていることを願うよ」

ミラクルマン「じゃあ、失礼させてもらうよ。我々は1956年に戻るとしよう」

ヤング「最初の出発を阻止したのなら、結果はどうなっているのかな?」

(再び超スピードで飛び立つ二人)

[その頃、現代では…]

キッド(おや? さっきまで数十人の兵士と戦っていたのに、急に全員いなくなったぞ! ガルガンザ博士の犯罪よりも、もっとムチャクチャだよ)

(ミラクルマンとヤングが帰ってくる)

[ようやく、ミラクルマン・ファミリーは再び一緒になれたのだった…]

キッド「じゃ、じゃあ…ガレルはここには到着しなかった。なぜなら、ガレルは1981年に出発しなかったからだっていうの? 信じられない話だね!」

ミラクルマン「かもしれないな。だが、そういうことなんだよ…違うかな?」

ヤング「アハハハッ!」

(ほがらかに笑いあう3人のヒーロー)

 

(P11)

[見るがよい]

[君たちに超人を教えよう]

[彼は稲妻]

[彼は狂気!]

[フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ著『ツァラトストラはかく語りき」]

 

(P12)

〜第2章〜

(夜の道路を走るトラック)

[夜明け前のナトリウム灯に照らされた時刻、大きなトラックが北に向かって走っていた。朝食のシリアルを運ぶもの、ボールベアリングを運ぶもの。空っぽのもの…]

[…何かを運ぶもの]

トレバー「ああ、でもさ、スティーヴ、後ろの奴らは大丈夫なのかよ? だって…」

スティーヴ「お前さん、要するに、ビビってんだろ。大丈夫に決まってんだろうが。プルトニウムのことが気になってんだろ、ええ? いいか…俺たちは運ぶ、売る、トンズラする。大したこっちゃねえ。全然大したこっちゃねえよ」

トレバー「ああ、けど、核爆弾はちょっとな…。俺たちは武器を…客に売るもんだと思ってたからさ。核ってのはヘビーだぜ。俺の言うこと、わかるだろ?」

スティーヴ「トレバー、情けない声を出すなよ。俺が昔アンゴラで出会ったアメ公はな、ユカタン平地で核爆発を見たことがあるそうだ。そいつが言うには、最高に素晴らしかったそうだ。奴は言ってた。『スティーヴ、おいらの目が栄光を見たんだ』って。おもしれえ言い方だろ?」

トレバー「ああ…そうだな」

スティーヴ「『おいらの目が栄光を見たんだ』ってか。はははっ! 本当に笑わせてくれる奴だったぜ。いい奴だった。共産主義者が奴を撃った。もったいねえよ…」

トレバー「ああ」

トレバー(ったく。こいつ、イカレてるぜ)

[冷たい灰色の夜明けのなかを、トラックは北に向けて走っていく。そして、どこかほど遠くないところでは、マイケル・モーランが悲鳴をあげていた]

[マイケル・モーランはまた夢を見ていた。良い夢ではなかった…]

 

(P13)

(マイクの夢の世界。宇宙空間に巨大な要塞が浮かんでいる。ミラクルマンがそれに近づいていく)

[それは雪と火柱の夢。死とぼんやりした目眩の夢…]

[…空を飛ぶ夢]

[はじめは恐怖などなかった。ただ悲鳴にも似た不気味な風の音が聞こえるだけ。吹雪が音もなく渦巻き、高所ならではの冷たく鋭い緊張感]

[彼は一人ではなかった。すぐ側に、赤と黄色のファイアーバードのような二つの人影が舞い上がる。だが、彼らの顔は見えない]

[彼の力は液状銀のごとく血管のなかを駆け巡る。筋肉は皮膚の下で優雅にうねりを見せる。彼は自分が無敵であることを知っている…]

[…その時、白い渦のなかに巨大な灰色の影が浮かんでいるのを見つける。それを見た瞬間、恐怖が押し寄せてきた]

[それは膨れ上がった巨大なクモのように、重力を無視して、目の前の何もない空間に浮かんでいた。すすと油にまみれ、大気を汚している]

[不注意で色鮮やかなガのように、彼の仲間は恐怖の元に向かって飛び込んでいった。彼は一人取り残された。彼らはわからないのか? 次に何がおこるか知らないのか?]

[恐怖は確実にそこにあった。胃のなかにしがみつき、目を逸らすこともできなかった。クモが卵を産んでいる! 卵は太陽のごとく燃えている]

(突然、要塞が大爆発をおこす)

[空が炎に包まれ、彼は悲鳴をあげた。悲鳴をあげて燃えていく…]

[赤いほうの仲間の姿が見えた。何か恐ろしいことがおきている…光がまたたき、雪を背景にしてストロボのように彼の姿を二重に写し出し…]

[…そして、爆発した!]

[墜落していく彼に残されたのは、地獄だけだった。焼け焦げた唇が、ひとつの言葉を形作る。耳慣れぬ発音の夢の言葉]

[彼が最後に聞いたのは、雷鳴の音だった…]

 

(P14)

(早朝。悲鳴をあげながら、マイクは目を覚ます。ベッドの隣で、妻のリズも目を覚ます)

リズ「…ううん…マイク? どうしたの?」

マイク「また、あの夢を見たんだよ、リズ。起こしてごめんよ…」

リズ「マイク…」

マイク「くそっ。偏頭痛もする…」

(マイクは身支度を整える)

リズ「新聞社に電話して、ラークスメアの仕事はできなくなったって伝えましょうか? 誰か他の人に行ってもらえば…」

マイク「もう遅いよ。どのみち、ただでさえフリーランスの記者の稼ぎは安いんだし…頭が痛いからといって、仕事を放り出すような余裕はないよ」

リズ「頭痛のことだけじゃないわ、マイク。夢のことはどうなのよ? もう何年も見続けてるじゃないの。もう少しのんびりしたら…」

マイク「リズ、その話は前にもしたろう。君の仕事のおかげで、私たちはなんとか暮らしていけるんだ。お金を稼ぐべき人間は、君じゃなく、私のほうなんだ。…どのみち、夢なんて大したことじゃないよ」

リズ「バカなことを言うのはやめて。お金を稼ぐのがどっちだろうと別にいいじゃない。あたしたちが…」

マイク「リズ、たのむよ。君に悪気がないのはわかってるけど、その話はやめてくれないか」

マイク「…じゃあ、もう行かなきゃ。10時までにラークスメアに着かないと。早い時間の電車に乗らないと…」

(マイクは家を出ていく。その後、駅のホームにて)

放送「…7番ホームに停車中の電車は、6時45分発レイク地方行きです。オクセンホルムへ向かうお客様は…」

マイク(嫌々出てくるんじゃなかったな。リズの言うとおりだ。今日は仕事ができそうもない。偏頭痛は我慢できるとしても…夢のほうはだめだ)

(列車に乗り込むマイク)

マイク(どうして夢の意味がわからないんだろう? 何度も同じ夢を見るのは、何か意味があるはずだ。あの言葉さえ思い出せたら…。シンゴ? いや、違う。スンガ? 違う。シンガン? 違う。くそっ。頭が痛い。向こうに着くまでに治るといいんだが…)

 

(P15)


どのように多くの鶏は鶏を殺すために時間がかかりますか?

(ラークスメアの町中。原子力発電所の稼動に反対する人々で、ごったがえしている。マイクの側には、カメラマンのポールもいる)

ポール「ラークスメア。湖畔の楽園か、それとも、原爆の地獄か? 見出しはこれでどうだろう? 俺は三流写真家だが、昔は見出しでピュリツァー賞をとれそうだったんだ。そう思わないか?」

マイク「え? すまない、ポール。話を聞いてなかった…」

ポール「ああ、はいはい、わかったよ。記事のアングルを考えてたんだろ。もし俺があんたなら、あの"地球の友"の連中にインタビューしてみるがね。"地球の友"ってのも、なかなかいい名前だな…。まあ、読者の興味をそそる内容が一番だね。マヌケ連中の一人を捕まえて、インタビューしてみな」

マイク「ポール、ちょっと頭が痛いんだよ。記事の書き出しは自分で考えるから、少し静かにしてくれると…」

ポール「たとえば、マシンガンを持ったあの連中とか…」

マイク「マシンガン? マシンガンなんて…」

マイク「…どこにも…」

(マシンガンを持ったテロリスト集団が登場)

テロリスト「ようし。もし警備員がおかしな動きをしたら、群衆に向けて発砲するからな。銃を捨てろ。そうすれば、危害は加えない」

(テロリストは群衆を制圧する)

テロリスト「よし! じゃあ、全員、両手を頭の上で組んで、その場に座れ。もしどこかが痒かったり、体を伸ばしたくなったら、我慢したほうがいいぞ。マスコミの諸君は我々を発電所の内部まで案内してもらおうか。もし全員がおとなしくしていたら、我々はまた外に出てくるだろう」

記者「ちょっと、わたしは反体制マスコミの代表として、一体どういうことなのか知る権利があるわ」

テロリスト「ああ…なかの記者会見でわかるさ。さあ、歩け、さもないと、あんたを撃つことになるぞ…」

ポール「記者会見? 一体何者だ?」

(マイクたちは、テロリストとともに原子力発電所内部に入る)

 

(P16)

[内部では]

(記者たちを前にして、テロリストの演説が始まる)

テロリスト「諸君、君たちは今、歴史的な事件を目にするという恩恵にあずかっているのだ。そう、これは世界初のプルトニウムのハイジャックだ! もう少し静粛に願おう。一部始終をよく聞いておくことだ。そして、それを編集者に、読者に…そして、我々の客となる人物に伝えるのだ!」

テロリスト「記事の内容はとても重要だ。我々はプルトニウム同位体を持って、10分以内にここから出ていく。我々を阻止することは誰にもできない。水素爆弾を製造するには充分な量のプルトニウムだ。そして、これを世界中のテロリスト組織のなかでオークションにかける!」

[言葉がざわめく。頭がキリキリと痛む。部屋が回りはじめる…]

[彼の周囲で声がする…嘆願するもの…怒るもの…]

(床に倒れ込むマイク)

「おい! この人、病気だぞ! 外に出してやれ!」

テロリスト「そいつの言う通りだ。この男、死にそうな顔をしてるぞ。スティーヴ、外に出してやれ…」

[…彼は廊下を乱暴に引きずられている。目眩がする。胃のなかに恐怖がこみあげる…]

テロリスト(スティーヴ)「おい、雪みたいに白い顔しやがって、病気ってのは本当なんだろうな?」

[…彼は夢のことを思い出す]

マイク「…雪…」

[引きずられたままスイングドアをくぐり抜ける。ガラスが光を反射する。霞のなかから伝説が輝く…]

[…ふいに、あの言葉がそこにあった。目の前にたゆたい、痛みと吐き気の霧でにじんではいたものの、さながら運命のごとくはっきりと知覚できた…]

(テロリストに引きずられながら、マイクはドアをくぐり抜ける。そのドアの窓ガラスには「ラークスメア原子力発電所(ATOMIC POWER STATION) 立入禁止」という文字が書いてある。その文字を裏側から見ているマイクにとっては「CIMOTA」というふうに読める)

 

(P17)

[唇が動く。言葉はかすかな囁きにしかすぎなかった…]

マイク「…しんげ…」

[その囁きは雷鳴の音にかき消された! スティーヴと呼ばれた男の絶叫は、あふれ出した光の洪水に埋もれ去った]

(突然、マイクの体が爆発的な光に包まれる)

[顔は焼き焦がれ、鼓膜は破裂した…]

[…だが、彼の目は栄光の輝きを目撃した!]

テロリスト(スティーヴ)「ああああっ! くそっ、見えねえ! 目が見えねえ! ちくしょう! くそう…」

(別のテロリストが駆けつける)

テロリスト「スティーヴ? おい、大丈夫か? 爆発音が聞こえたから…な…お前は一体誰だ?」

(テロリストの前には、水色のコスチュームを着た謎の人物が立っている)

ミラクルマン「私? 私は…ミラクルマン。私はミラクルマンだ!」

ミラクルマン「思い出したぞ…」

 

(P18)

(銃を持ったテロリストたちがミラクルマンを取り巻く)

テロリスト「ミラクルマン。ああ…そうかい。なあ…ミラクルマンさんよ、おかしな真似はするなよ。スティーヴに何をしたのか答えるんだ。そうすりゃあ、傷つけないでおいてやるよ…」

ミラクルマン「私を傷つけることなどできないさ。私はミラクルマンだからな!」

テロリスト「近づくなって言ってんだ! 俺がバカだとでも思ってるのか? てめえ、特殊部隊の仲間だろうが! てめえらなんか、怖くねえぞ! てめえらはブタ野郎だ…ブタなんか…」

テロリスト「…バーベキューにしてやるぜ!」

(テロリストはミラクルマンに向かって発泡する)

テロリスト「くそっ! なんだこいつ? 弾が当たってるのに、笑ってやがる! ひひっ! こんなバカな! こいつは人間じゃねえ!」

ミラクルマン「その通りだ。私は人間ではない」

ミラクルマン「私はミラクルマンだ!」

[彼が両掌を合わせると、そこから稲妻が発射された]

(ミラクルマンが放った一撃で、テロリストたちは全滅する)

[そして、静寂が訪れた]

[死のような静寂が]

ミラクルマン「18年間。あの老いぼれの肉体に18年も囚われていたのか。まあ、いい」

 

(P19)

ミラクルマン「もう終わった話だ」

(大空に舞い上がるミラクルマン)

ミラクルマン「私はミラクルマン! 復活したんだ!」

[物語が始まる…]

 

(P20)

〜第3章〜

(夜。モーラン家にて。つけっぱなしのテレビの前で、リズが居眠りしている)

テレビ「…今朝、レイク地方の原子力発電所の開幕式でおきた事件について、続報が入りました。武装集団がラークスメアの発電所に貯蔵されている大量のプルトニウムを強奪しようと企てました。まだ事実は確認されていませんが、テロリストの多くは現在、脳震盪をおこして病院に運ばれたとのことです。また、30代前半の犯人の一人は、第二級の火傷を負っているもようです。しかし、これらの負傷原因については全くわかっておりません。現場にいた大勢の人が、人間の形をした物体が猛スピードで空へ飛び立っていくのを目撃したと証言しています。これはおそらく極度の緊張状態がもたらした集団ヒステリーによるものだろうと、専門家は分析しています。現場にいたフリーランスのカメラマン、ポール・ダン カン氏から、一枚の写真が投稿されました。その写真には、空を飛ぶ人間のようなものが写っていますが…」

リズ「ふわあ…マイク? あなたなの? 眠っちゃったみたい。帰ってきたのがわからなかったわ。ラークスメアの取材はどうだった?」

(リズの目の前には、ミラクルマンがいる)

リズ「きゃあっ! あ、あなた、誰? 何が目当てか知らないけど、あたしの夫がすぐに帰ってくるわよ。夫が…」

[彼は神のように見えた。言葉が出なくなり、口のなかで灰に変わる]

ミラクルマン「夫なら帰宅しているよ。私だよ、リズ。マイクだよ」

リズ「いいこと。1分以内にここから出ていって。さもないと、警察を呼ぶわよ!」

[これは夢なんだ。彼女は後ずさりしながらも、これは夢なんだと自分に言い聞かせた]

 

(P21)

リズ「何を言ってるの? あなたはあたしの夫なんかじゃないわ!」

[違う。夫ではない。そんなはずはない。しかし…]

ミラクルマン「リズ、私を見てくれ…。肉体ではなく、私そのものを見てくれ」

リズ「あたし…」

[しかし、その声、その目は…]

[リズ・サリバンがマイケル・モーランと結婚してから16年になる]

[彼女は自分の目で、耳で、体で、夫のことを知っていた。彼女は夫の全てを知っているのだ!]

[それでも…]

リズ「マ、マイク?」

リズ「マイク、一体あなた、どうしたの?」

(リズを抱き寄せるミラクルマン)

[彼は妻を抱きしめた。彼の手は水銀のごとく滑らかだった。彼の腕には秘められたパワーがあり、彼女は自分がガラスでできているように感じた]

ミラクルマン「座って。コーヒーをいれてくるよ」

リズ「あ、ありがとう」

[「コーヒーをいれてくるよ」 その言葉は、あまりにも日常的で、安心感をもたらした。しかし、彼の姿はまるで神のようだった]

(二人は向かい合って床に座る)

[コーヒーを飲みながら…]

ミラクルマン「さて。どこから話をはじめても、信じられないと思う。だから、最初から話したほうがいいと思う…。1954年、14歳だった私は、デイリー・ビューグルという新聞社でコピーボーイとして働いていた」

ミラクルマン「私は一生懸命に働き、少しばかりの給料を手に入れた。そして、ある晩…」


どのような映画は"ローマが燃えている間、 Neroはいじって"された

[「…私はビジョンを見たんだ」 彼の声は黄金のプールのように…まぶしく輝き、魅惑的だった。彼が27年前の夢のような夜のことを話し始めると、彼女の目の前にも彼のビジョンが広がった…]

 

(P22)

[彼女は見た。怯える少年の前に、信じられないような存在が、夜のなかから立ち現れた…]

グンターク「やあ、マイケル・モーラン。わたしはグンターク・ボーゲルム。宇宙物理学者だ。わたしは研究を積み重ね、ちっぽけな人間の世迷い事などをはるかに超越してしまった」

グンターク「わたしは宇宙調和の鍵を自在に操ることができる。その言葉を口にすれば…その者に神のごときパワーが宿るだろう。これは、わたしから人類への贈り物である」

マイク「おどろき桃の木! で、でも、それと僕と何の関係が?」

グンターク「ミッキー・モーラン、お前は選ばれたのだ! お前は勇気があり、誠実な心の持ち主だからだ。お前は人類のために特別なパワーを使うのだ! "真化"という言葉を口にするだけでよい」

マイク「し、真化?」

(注:原語は「atomic」とその逆綴りの「kimota」である。ここでは「原子(げんし)」を逆読みした「真化(しんげ)」という訳語を使うことにする)

[彼女はビジョンのなかで、耳をつんざくような雷鳴の轟きを聞いた。少年の体に押し寄せる異次元からの風を感じた。彼女は少年が変身するのを目撃した]

ミラクルマン「こんなことが…私は…私は何なのだ?」

グンターク「君は悪を倒す正義の戦士、ミラクルマンだ! そのパワーを賢明に使いたまえ。わたしはもう行かねばならぬ…では、さらばだ!」

[「…そうして、グンタークは消えた。まるで夢の世界から抜け出してきたようだった。でも、これが現実だという証拠があった」]

[「私は空を飛ぶことができた。とてつもない力を持っていた。わたしには何の弱点もなかった…まさに奇跡の男だった!」]

ミラクルマン「リズ? 何を笑っているんだ? 何がおかしい?」

リズ「ごめんなさい、マイク…でも、あんまりにもバカバカしい話なんだもの」

 

(P23)

リズ「考えてもみてよ。突然"宇宙物理学者"が現れて、あなたに"宇宙調和の鍵"を教える…そうしたら、あなたが青いレオタードを着た筋肉マンに変身するっていうの? ごめんなさい、マイク。悪いんだけど、バカバカしすぎるわ!」

ミラクルマン「君の言うとおりかもしれない。実際に声に出して話してみると…その…ありえない話のように聞こえることは確かだけど。私だって以前には考えたこともなかった。でも、信じるしかないんだ。わからないか? 私は確かにミラクルマンだったんだ! 私は無限のパワーを持っていたんだ! それに、私だけじゃない。1年もしないうちに、私と同じ"原子の力"を持った青年が、仲間に加わった。彼の名前はディッキー・ダウントレス。また笑ってるな」

リズ「ちょっと、マイクったら! ディッキー・ダウントレス? それが彼の名前? 冗談はやめてよ! ご、ごめんなさい…話を続けて」

(注:ダウントレス(dauntless)とは、豪胆・不屈という意味)

[「ディッキーは『ミラクルマン』という言葉を口にするだけで、ヤング・ミラクルマンに変身することができた。彼は私と同じような力を持っていた。彼は私の友人だった」]

[「私たちは一緒に悪と戦った。1956年には、新しい仲間の…」]

リズ「ミラクルドッグ?」

ミラクルマン「リズ、やめてくれ! この話は…1982年の今から考えるとバカバカしく聞こえるかも…いや、確かにバカバカしいけど、でも、50年代には当たり前の話だったんだ。私はそう記憶しているし、実際にそういうことがおきたんだ。1956年には、ジョニー・ベイツが仲間に加わった。7歳か8歳くらいの子供だった。彼が私の名前を口にすると、彼はキッド・ミラクルマンへと変身した。私たちはミラクルマン・ファミリーと呼ばれていた」

[「一緒に活動していた間、私たちは奇妙キテレツな敵と戦ってきた」]

[「たとえばファイアーバグやヤング・ナスティマン(悪い若者の意)…何も言わないでくれ…なかでも、最大の強敵は、ガルガンザ博士という小男のマッド・サイエンティストだった」]

[「我々は何度もガルガンザ博士の狂気の計画を阻止し、彼を刑務所に送り込んだ。けれど、どういうわけか彼はいつも戻ってきた…」]

[「でも、彼は本当に邪悪なことは一度もしたことがなかった」]

[「私たちはまるでゲームを楽しんでいるようなものだった。どちらの側もまじめにプレーすることのないお遊び」]

 

(P24)

リズ「じゃあ、あたしにどうしろっていうの? ねえ…あなたの身長が1フィート高くて、20歳も若くて、それでもあたしの夫であることに変わりないという事実は認めるわ。理由はわからないけど、それは認めましょう」

リズ「でも、それ以外のことは…。ミラクルマン・ファミリー? ヤング・ナスティマン? マイク、もし本当に50年代にミラクルマンが存在していたのだとしたら、あたしは彼の話を聞いたことがあるはずでしょ?」

ミラクルマン「わ…わからない。彼らが闇に葬ったのかもしれない。あの…あの1963年の事件のせいで」

リズ「わかった。ミラクルボーイがもっと現れて、フットボールチームを作ったんでしょ!」

ミラクルマン「くそっ、私の人生を笑い飛ばすつもりか!?」

(ミラクルマンの手が光を放ち、床板を粉々にする)

[床板はオーク材でできていた。彼はそれを粉々に引き裂いた]

[彼女は信じた]

リズ「ご、ごめんなさい。見た目だけでは、わからなかったのよ…」

ミラクルマン「そんなことはどうでもいい。今までの話が冗談のように聞こえたとしても、63年におきたことは絶対に冗談なんかじゃない」

[「10月のある日だった。ミラクルマン・ファミリーは警報を受け取った。ガルガンザの造った何かの空中要塞が、北極海上空に浮遊しているという」]

[「我々が出発した時には、雪が降っていた…吹雪だった。だが、我々は意気揚々としていた。これはただのゲームだ。他の冒険と同じもの。誰も傷つくものなどいない」]

[「我々は要塞を発見した。それは膨れ上がったクモのように空中に浮いていた。私の全身が総毛立った。何かがひどく間違っている…」]

[「私は尻込みした。あのなかに何か恐ろしいものが…我々を傷つけるものがあることがわかっていた。私は他の二人に警告しようとした。だが、手遅れだった」]

(大爆発をおこす空中要塞)

[「それは原子爆弾だった。リズ、原爆だったんだ!」]

[「もうゲームなんかじゃなかった」]

 

(P25)

[「衝撃波が襲ってきた…激痛が走った。それ以前に、私を傷つけられるものなど存在しなかった。私は墜落しながら気を失った。その直前、私はディッキーの姿をチラリと見た。バカな名前のディッキー…」]

[「彼は二人いた。二つの肉体が一つに重なっていた。彼は悲鳴をあげていた。私には聞こえなかったが、悲鳴をあげていた」]

ミラクルマン「気がついた時には、2ヶ月が経っていた。私はミッキー・モーランで、病院にいた。ひどい火傷を負い、ほとんど全身の骨が折れた状態で、サフォーク州の沼地で発見されたそうだ。私はミッキー・モーランとして、再び自分の人生を築き上げてきた。でも、自分がミラクルマンだったことは覚えていなかった。20年近く経った今まではね。今朝、原子力発電所で思い出したんだ」

リズ「じゃあ、ニュースで言ってた、空飛ぶ人影というのは…あなただったのね」

ミラクルマン「冷める前にコーヒーを飲んで。全部話すよ…」

[リズ・モーランは耳を傾けた。両目は恐怖と驚きで見開かれ、コーヒーは冷たくなっていた。彼女は全てを信じた]

(場面変わって)

[その頃、どこか近くにある薄暗いオフィスでは…]

テレビ「…写真には、空を飛ぶ人間のようなものが写っています。しかし、これは事故で弾け飛んだ破片にすぎないという可能性も…」

ジョニー(ミラクルマン! 奴が復活した!)

ジョニー「何もかもメチャクチャにするために!」

(ジョニーは拳でテーブルを殴りつける。テーブルは粉々に砕け散る)

[ドアが音をたてて閉まる。誰もいない部屋に、テレビの雑音が響く。今こそ始まったのだ…]

[神よ、我らを救いたまえ]

 

(P26)

〜第4章〜

(翌朝。ベッドのなかでリズとミラクルマンが眠っている)

[2月の淡い陽光がリズ・モーランの上に降り注ぐ。安らかに眠る36歳の女…]

[リズ・モーラン。結婚前の名前はエリザベス・サリバン。リズ・モーラン。プロのイラストレーター。献身的な妻…]

[リズ・モーラン。結婚して16年目。人生は幸福で快適で安定していた…]

[彼女が目を覚まし、隣りに寝ている人物を見て驚くのは久しぶりのことだった…]

[彼女の肌は、電線のように火花を放った彼の手を覚えていた。彼女の目は、不気味に青白く輝く彼の瞳を覚えていた…]

[リズは前の晩のことを覚えていた。彼女は信じている]

[寝室からラウンジへと歩いていく。小さな足がフラフラと、分厚いカーペットの上を静かに進む]

[立ち止まり、彼女はそこにあるものに指を触れていく]

[…陶器の置物、磨かれた木製テーブルの表面。物に触れることで、彼女は世界とのつながりを取り戻していく。ゆっくりと現実の感覚を…]

[…呼び覚ましていく]

(電話が鳴る。受話器をとるリズ)

リズ「もしもし? はい? ええ、そうです。あたしはモーランの妻です。どちら様でしょうか…? まだ眠ってると思いますわ。またこちらからかけ直して…いえいえ、そんなことありませんわ」

リズ「今から呼びますから…」

 

(P27)

リズ「マイク! ちょっと待ってくださいね。今ベッドからおきる音がした…」

リズ「…みたい…」

(寝室からまぶしい光がこぼれる。普通の姿に戻ったマイクが出てくる)


リズ「ええと…今来ました。代わりますね…」

マイク「もしもし? ええ、私がマイク・モーランです。はい、そうです。あの、すみませんが、あなたのお名前は何と…冗談でしょう? ジョニーだって? まさか! 死んだんじゃなかったのか?」

マイク「どうやって…ニュースで見た? ああ、そうだろ? でも、一体どうやってあの爆発を生き延び…ああ、電話でこんな話をするのもな。いや、わかるよ。でも、どうやって会え…。ああ、その場所なら知ってる。君が…? 君があのビルの所有者だって? いやはや。いや、ただ…。ああ、もちろんだよ。1時間か2時間ぐらいで、そっちに行くよ。それじゃあ」

(マイクは電話を切る)

マイク「よし、朝食とシャワーは抜きにして、外出の準備をしよう。サンバースト・サイバネティックス社の社長からランチに招待されたぞ。ミスター・ジョナサン・ベイツ…元キッド・ミラクルマンからね」

[その後…]

(マイクとリズは、とある高層ビルの前にやって来る)

マイク「信じられないよ! 彼がまだ生きてるというだけでも信じられないのに、おまけにサンバースト・サイバネティックス社の社長だなんて、本当に…」

リズ「…死んでるよりは、はるかに楽しいでしょうね。嫌ねぇ。あの空を見て。今日は良い日になると思ったのに…」

[青空の彼方に、漆黒の積乱雲が立ちこめる。ふいに大気が乾き、重くなる。空が息をひそめている…]

[こちらに近づいてくる。怪物が近づいてくる]

 

(P28)

(二人はビルの最上階へと向かう。室内には、一人の男が立っている)

[彼のオフィスは最上階にあった。二人がノックをすると、彼は二人を呼び入れた。彼は見晴らし窓の前に立っていた。背後にはロンドンの街並みが広がっている。彼は笑顔を浮かべ、口を開く…]

ジョニー「マイク」

ジョニー「マイク、会えてうれしいよ」

マイク「ジョン。ああ、ジョン」

(マイクとジョニーはお互いの肩を抱く)

[暗闇がバチバチと音をたてながら、大空の向こうから広がってくる。脇腹を銀の矢で貫かれ、痛みのあまり頭がおかしくなった黒い雄牛のように…]

[こちらに近づいてくる…]

[秘書がブルーマウンテンコーヒーを運んできた。彼らは人生における不可思議な出来事について話し合った。二人は穏やかに言葉を交わした。あれから18年も経っているのだ…]

ジョニー「…その間ずっと、自分が誰だったのか、思い出せなかったというのか? 信じられないな。18年か。あの日から18年も経ったなんて…。俺たちは一緒に…」

[「…雪のなかを飛んでいた。18年前。1963年10月12日」]

[「記憶によると、俺が一番前を飛んでいた。だから、俺が一番先にアレに近づいた。何か生物の姿が見えないかと思って、俺はデッキ部分に降下した…」]

[「何もなかった。音もなく、動きもない。灰色の鋼鉄に雪が吹き寄せているだけ」]

[「その時突然、俺は奇妙なチクチクするような感覚に襲われた。何か恐ろしいことがおこりそうな予感がした」]

[「全身の神経が、ここから立ち去れと叫んでいた。俺はパニック状態になって、上空に向かって急上昇した。高く、もっと高く。速く、もっと速く…」]

 

(P29)

[それでも間に合わなかった]

[君と同じように、俺も数日後、病院で目が覚めた。脳震盪と火傷を負った体で]

ジョニー「ただ…俺は記憶は失わなかった。失ったのはパワーだけだ。7年という短い間、俺は人間以上の存在だった。ところが、ある日突然、魔法が消えたんだ…」

ジョニー「…俺は再び人間に戻っていた。友人たちも死んでしまった…俺はそう思っていた。最初のうちは、普通の16歳の少年でいることに慣れるのは難しかった。だが、なんとかなった。そうするしかなかった」

ジョニー「俺は電子工学が得意だとわかった。そして、結局、小さな会社を立ち上げることにした。最初のオフィスは賃貸だったんだ。おかげで命が救われたよ。仕事はうまくいった。驚くほどにね。7年間のうちに、サンバースト・サイバネティックス社の設立にまでこぎつけることができた。我が社は幸運だった。多くの利益を得たよ」

ジョニー「9年経った今、我が社は世界中に支社を抱えている。皮肉なものだな。一つのパワーを失って、別のパワーを手に入れたのだからな。残念ながら、そのパワーには責任が伴うがね。リズ、マイク、5分ほど席をはずしてもいいかな? 書類にサインをしなくちゃいけないんだ…」

マイク「かまわんよ、ジョン。私たちのことはお構いなく」

(ジョニーは部屋を出ていく)

マイク「で? 彼についてはどう思う?」

リズ「あたしが何を考えてると思う? 彼は人を惹きつける魅力の持ち主だわ。ちょっぴり危険な香りのするかなりセクシーな男よ。良かったわね、あたしがブサイクごのみで。あなたのほうはどうなの? 彼が16歳の頃から会ってないんでしょう? 彼は変わった?」

マイク「ああ、変わった。かなり変わったよ」

(ジョニーが戻ってくる)

[彼が戻ってきて、話を再開した。魅力的な話。その声はソフトでありながら、力強さを感じさせた。そっと忍び寄るトラの足取りのように]

[二人の会話の周囲で、何かがうろついている。マイク・モーランには、不安のうちに、それが聞き取れた。トラが円を描きながら、ゆっくりと迫ってくる…]

 

(P30)

[こちらに近づいてくる。怪物が近づいてくる]

ジョニー「まあ、俺の話はもういい。ランチでもどうだ?」

マイク「ああ、いいとも…。あの、リズ…少しジョンと二人だけで話をさせてくれないか?」

[リズ・モーランは笑顔でうなずいた。二人の男は外のバルコニーへと出ていく。自分に聞かせたくない話とは何だろうと彼女は考える。スーパーヒーローの話]

(バルコニーに出るマイクとジョニー)

ジョニー「嵐が吹き荒れているな。美しい眺めだ。そう思わないか?」

マイク「ジョン…」

マイク「ジョン、君の話を聞かせてもらったよ…貧乏から大金持ちへ。報われた勤労。実にいい話だ」

マイク「本当にそんな話を信じたかったよ」

[「でも、途中で、ふとおかしな考えが頭に浮かんだんだ。『もし彼が嘘をついていたら?』って。私はその考えを頭から振り払おうとした。でも、できなかった」]

[「私は思った。『もし彼がパワーを失っていなかったら? 私とディッキーを吹き飛ばしたあの爆発を生き延びて、しかもキッド・ミラクルマンのままだったら』って」]

マイク「それがどんなふうに感じるのか、想像してみたんだ。16歳であると同時に、世界中で最強の存在…。誰に従う必要もない。ジョン、君にはあらゆることができたんだ。もう二度とのろまでか弱いジョニー・ベイツという人間に戻る必要はないんだ」

マイク「そう、名前と身分はジョニーのものだったけれど…永遠にキッド・ミラクルマンとして過ごすことができたんだ。全てを手に入れることができた…金も信望も名声も…。あらゆる人間らしさと縁を切ることもできた。君は誰からも止められることなく、無慈悲で…完全に堕落してしまう可能性もあった。そうだろう、ジョン? 本当はそういうことじゃないのか? 君は今でもキッド・ミラクルマンなんだろう?」

[「君の声で…君の立ち居振る舞いでわかるんだ。ジョン、君は人間じゃない。私にはわかるんだ」]

[トラの目。円を描く。暗雲が近づく…]

(ジョニーの目が光を放つ)

 

(P31)

[暗黒の雲が心に忍び込む。息もできないほどに覆い尽くしていく…嵐の吹きすさぶ中心には、柔らかなトラの声がする…]

ジョニー「マイク、思い過ごしだよ。君もそう思うだろう?」

マイク「思い過ごし? でも…あ、ああ。き、君の言うとおりかもしれない。わ…わからない。急に考えるのが難しくなって、なんだか…ジョン?」

マイク「ジョ、ジョン…私の心に何かしているのか?」

[それはここにある。どす黒く恐ろしいものが、彼の頭のなかにある。そのツタが彼の目の奥でうごめき、闇のなかへ引きずり込もうとする。邪魔は入らない]

[誰も妨害はしない]

(ふいにリズが顔をのぞかせる)

リズ「マイク、ごめんなさい。すぐここから出ないと、車が駐車違反のキップをきられ…」

[暗雲が消え失せる。ほんの一瞬、理性の光が再び彼の心に流れ込む。突然、彼は自分のなすべきことを理解する…]

(マイクはジョニーの体を突き飛ばす。ジョニーはバルコニーから足を滑らせる)

リズ「マイク! 彼を突き落としたわ!」

リズ「マイク、彼をバルコニーから突き落としたわ! マイク、一体何を…ひっ!」

リズ「きゃああっ!」

(ジョニーの体が、光を発しながら空中に浮いている)

[冷たい恐怖の稲妻が、彼らの体を貫いた。彼らは嵐の中心に恐ろしい飢えがあるのを感じた]

[彼らは見た。トラの顔に笑みが浮かぶのを]

 

続く

 

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