2012年4月21日土曜日

ナタリー - [Super Power Push] 山下達郎


"達郎節"は世界中どこにも存在しない強烈なブランド

──さっそくですが、菊地さんの目に"山下達郎"というアーティストがどのように見えているのか、というテーマで、今日はお話を伺えたらと思うんですけど。

このテーマだったらワタシより適役の人が山ほどいると思いますが(笑)、ありきたりなことを、かつかいつまんで言うならば、例えば大瀧詠一、細野晴臣、桑田佳祐などなど、年齢は若干バラバラですが、我が国のポップスの"神々たち"は、原体験がエルヴィス・プレスリーのようなロックよりは、いわゆるオールディーズのポップスにある人たちですよね。当時オールディーズは、そのままの形で邦楽として輸入されていましたから。まあ、中尾ミエとか。

──わかります。オールディーズに日本語詞を付けてカバーする時代ですよね。

そんな中で、オールディーズを咀嚼して全く新しい音楽を作らなければならないっていうミッションを抱えたのが、さっき言った神々であると言うことができます。その中で、最も具体的に、つまり音楽の構造的にオールディーズを無加工で実践しているのが大瀧詠一だと思います。いわゆる、キテレツさを押し出した音頭系の作品も含め、音楽の骨子は実はまんまオールディーズという形が多いですね。趣味人の良い生き方を提示してるというか。

──なるほど。ノベルティソングとか、まさにそういうものですね。


私はあなたに家を取ることができます

そうしたとき、山下達郎はオールディーズがルーツだというのは、一聴しただけじゃあんまりわかんないようになっています。というより、ゴスペル風味等々も含め"明らかにオールディーズ"という楽曲と、"ヤマタツサウンド"としか言いようのない、非常に魅力的でオリジナリティのある、ある意味で異形の音楽を作り続けている。世界中のどこにもない独特なリズムとコードカッティング、いわゆる"達郎節"というやつで。つまりオールディーズを原体験に持つ神々の中にあって、最も異形で、しかも強烈なブランドを作った人だということが言えると思います。そのブランドでもって、いい意味で36年間同じスタイルでやり続けてるわけで。

──その独自性というのは、ソングライティングにあるんですか?

主にアレンジですね。ソングライティングの面でも"達郎節"は当然あります。それは遠くオールディーズの原体験と、当時エッジだったフュージョンやAORのミクスチャーであり、高い完成度、というか、厳密に言うと"アベレージの異様な高さ"を持つ、やはり類例のないものですが、それよりもその歌がどんなアレンジで演奏されたか。このアレンジのオリジナリティは、もう発明と言っていいぐらいのすごいブランディングですよね。

──というと?

先程、同じことをやり続けてると言いましたが、シュガー・ベイブとソロとの間には、ファンなら誰でも知ってる断層があります。その断層をもたらした最大の変化っていうのは、アレンジと演奏能力です。アレンジと演奏能力は不可分に結びつきますから。まずリズムの刻み方が変わった。例えば、これ歌がなくとも達郎印の刻みです。デッデッツデッデ、デッデッツデッデ。

──「あまく危険な香り」ですね。「Plastic Love」でもありますけど(笑)。


歌詞の "いつか王子様が来る"に音楽

あのリズムは、カーティス(・メイフィールド)の「Tripping Out」だと言われやすい。しかしそういう問題ではない。そんなことはどうでもいいくらいの強いブランディングを確立しています。「Sparkle」のイントロもそうですね。

──そうですね、聴いた瞬間に「達郎だ!」ってわかるという。

もちろん影響元も何もない、真空の宇宙の荒野で、山下達郎がたった1人でこれを発明した、とは言えませんし、そんな現象は地球のどこでも起こっていません。ソロ期の始まりは、先程言ったとおり、フュージョンやAORができた時代にできたもので、一種の同時多発というか。あの時代に突然できたんです、シティミュージックというものが。それは、シティミュージックでありながらドライブミュージックであって、さらに"丘サーファー"の人たちのためのサーフィンミュージックでもあった。その中でも山下達郎の場合はリズムの刻み方とかコードのカッティング、ベースラインの作り方、何よりBPMの設定がもうすごすぎたわけです。例えばスラップを使ってもファンクみたいに聞こえないという。

──あくまでアーバンに響くんですよね。

スラップを使うとラリー・グラハムかルイス・ジョンソンで、もうファンク以外には聞こえないという時期が長く、(サディスティック・)ミカ・バンドもそうでした。しかし山下達郎はスラップを使っても全然しっとりしてて、あのゴージャス感とかシルキーな躍動感ね。そういう自分なりのサウンドプロダクションというかフォーマットを確立して、とにかく驚異的なクオリティでそれをやり続けてる。

──バンドメンバーも、2008年にドラムが小笠原拓海になりますけど、それまで30年にわたってリズム隊は青山純&伊藤広規、サックスは土岐英史、キーボードは難波弘之といった固定メンバーですから、まさにフォーマットを作ったという。


"あなたは何を介してオナニーですか?"

フォーマリストですよね。自分なりのフォームを作って崩さずに、っていう。それが最大の特徴ですね。

ProTools導入後、ボーカルが生の声に近づいている

──新作「Ray Of Hope」を聴いた印象はいかがでしたか?

これはあくまで個人的な感想ですが、加齢を感じました。初めて。

──加齢?

加齢というのは37歳から38歳へ、そして39歳へ、というふうに1年ずつ均等に重ねていくものではないですよね。

──ああ、突然に。

あるときドサッと、定期預金の満期が来るとか、積もり積もった雪が屋根から落ちるようにしてドサッとやってくる性質のものです。突如黒木瞳が老けたりとか、ある日明石家さんまが老けた、昨日まで若者みたいだったのに、っていう。その老けのタイミングがどうやら人間にはあって、このアルバムはそういうものだと思いました。

──どのあたりに加齢を感じました?

ボーカルのリバーブが浅いと感じました、今までより。前作の「SONORITE」から、自分の声を、こう、みずみずしく飾らずに、生の声がそのまま耳のそばで歌ってるようなミキシングに変わってきてる。で、このアルバムはもっとそれが進んで、曲によってはほとんどノーリバーブに聞こえるくらいです。だから昔みたいな、深めのリバーブで天才的な歌唱力と声量でのびのび歌ってっていう、朗々とした空間感覚、まあ、シティ感ですね、そういうランドスケープが、わずかながら密室的になったと思います。

──「SONORITE」からレコーディングにProToolsが導入されてるんですが、それは関係ありますか?


はい、多分ProToolsを使い始めてから、今言ったようなリバーブとか生々しさ、つまり遠近の問題とかっていうことに関して、初めて意識的になったんだと思いますね。あくまで音楽から来るイメージですが、それまでは多分、天にも上るような心地で、あの音を無心に作ってきたのではないかと思いますね。もちろんお仕事は大変緻密ですが。

──天然だったということ?

天然としか思えないようなエネルギーは感じます。だけどやっぱりProToolsを前にすると、人間っていうのは変わってしまうんですよ。インターネットを使うと人が変わってしまうような感じで。

──ProToolsはそんなにミュージシャンの精神に影響を及ぼしますか。

ProToolsは無限のスケールっていうか、なんでも相対化してしまう箱であって、単にスタジオのミキサー卓の進化形ではないです。すべての音が波形というデジタルな情報に還元されるというのは、明らかに一線を越えています。MIDI化よりもはるかに強い。テクノロジーの属性ではありますが、ProToolsがなければ生まれ得ない音楽が90年代以降いっぱい生まれました。ビョークもそうだし、レッチリやOASISやRADIOHEAD、ああしたものはProToolsがなかったら生まれ得ない音楽です。だからそういう意味で山下達郎も、ProToolsを使い始めてから確実に変質してることは間違いなくて。どこがどう変わってっていうサンレコ的な細かい部分はここでは控えますが、ボーカルの録音が変わったというのはどなたにもわかりやすいのではないかと思いました 。「SONORITE」からだんだんリバーブが減ってって、生音に近づいて、結果としてどう聞こえるかっていうと、歳相応になったっていう気がすごくする。



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